- 2025年5月19日
甲状腺と海藻の関係:知っておきたい栄養と注意点

こんにちは。丹野内科・循環器・糖尿病内科の田邉優希です。今回は多くの患者様から質問をいただく「甲状腺と海藻の関係」について詳しくお話ししたいと思います。日本人の食生活に欠かせない海藻ですが、甲状腺の機能と深い関わりがあることをご存知でしょうか?この記事では、甲状腺の基本的な働きから、海藻に含まれるヨウ素の影響、そして日常生活での適切な海藻摂取の方法まで、わかりやすく解説します。甲状腺の調子が気になる方、健康維持に関心のある方に役立つ情報をお届けします。
目次

甲状腺とは?基本的な役割と重要性
甲状腺の基本知識
甲状腺は、私たちの首の前部、のどぼとけの下あたりに位置する蝶が羽を広げたような形の内分泌器官です。わずか15〜20グラム程度の小さな臓器ですが、全身の代謝を調節する重要なホルモンを分泌しています。
甲状腺から分泌される主なホルモンには、「チロキシン(T4)」と「トリヨードチロニン(T3)」があります。これらのホルモンは、以下のような役割を担っています。
- 体温の調節
- エネルギー代謝の制御
- 心拍数の調整
- 筋肉と神経の正常な機能維持
- 子どもの成長と脳の発達
- 皮膚や髪の健康維持
甲状腺ホルモンは、いわば体の「アクセル」のような役割を果たしています。適切な量が分泌されることで、私たちの体はバランスよく機能するのです。
ヨウ素と甲状腺の関係
甲状腺ホルモンの合成に欠かせないのが「ヨウ素」という微量元素です。ヨウ素は体内では作られないため、食事から摂取する必要があります。
日本人の食事では、特に海藻類から多くのヨウ素を摂取しています。私たちの体は、摂取したヨウ素の約30%を甲状腺に取り込み、ホルモン合成に利用しています。残りは尿として排出されます。
適切なヨウ素摂取量は、成人で1日あたり130〜150μg(マイクログラム)とされています。妊婦さんや授乳中の方はさらに必要量が増えます。

海藻に含まれる栄養素と甲状腺への影響
海藻に含まれる栄養素
日本の食文化に欠かせない海藻には、様々な種類があります。
- 昆布:ヨウ素含有量が最も多い海藻(100gあたり約2,000〜3,000μg)
- わかめ:ミネラル、ビタミン、食物繊維が豊富
- ひじき:カルシウム、鉄分が豊富
- のり:タンパク質、ビタミンが豊富
これらの海藻には、ヨウ素の他にも様々な栄養素が含まれています。カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛などのミネラル、食物繊維、そして抗酸化物質など、健康維持に役立つ成分が豊富です。
海藻のヨウ素が甲状腺に与える影響
海藻に含まれるヨウ素は、適切な量であれば甲状腺ホルモンの合成に不可欠です。しかし、摂取量が多すぎても少なすぎても、甲状腺の機能に悪影響を及ぼす可能性があります。
適切なヨウ素摂取のメリット
- 甲状腺ホルモンの正常な合成をサポート
- 甲状腺機能低下症の予防
- 全身の代謝を正常に保つ
ヨウ素過剰摂取の可能性
海藻、特に昆布には非常に多くのヨウ素が含まれています。例えば、昆布10gに含まれるヨウ素量は約200〜300μgと推定され、これは1日の推奨摂取量を超えています。
ヨウ素を過剰に摂取し続けると、甲状腺の機能に次のような影響が出る可能性があります。
- 一時的な甲状腺機能抑制(ウォルフ・チャイコフ効果)
- 甲状腺機能亢進症の悪化
- 甲状腺機能低下症の誘発
ただし、健康な人の場合、体には過剰なヨウ素を調整するメカニズムがあるため、たまに昆布を食べる程度ではほとんど問題になりません。

甲状腺疾患と海藻摂取の関係
甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)と海藻
甲状腺機能亢進症は、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される状態です。バセドウ病はその代表的な疾患で、次のような症状が現れます。
- 動悸や頻脈
- 体重減少(食欲があるのに痩せる)
- 暑がり、多汗
- 手の震え
- 目の突出
- 神経過敏、イライラ
このような状態の方は、海藻の摂取に注意が必要です。特に昆布やわかめなどヨウ素を多く含む海藻は、症状を悪化させる可能性があります。
甲状腺機能低下症(橋本病など)と海藻
甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンの分泌が不足する状態です。橋本病(慢性甲状腺炎)はその主な原因の一つで、次のような症状が見られます。
- 倦怠感、疲れやすさ
- 寒がり
- むくみ
- 体重増加
- 皮膚の乾燥
- 便秘
- 集中力低下、思考力の鈍化
橋本病など自己免疫性の甲状腺疾患の方は、ヨウ素の摂取量のバランスが特に重要です。極端に多すぎても少なすぎても症状が悪化することがあります。

適切な海藻摂取のための具体的なアドバイス
健康な方の海藻摂取目安
健康な方であれば、和食の一部として適度に海藻を楽しむことで、自然とバランスの良いヨウ素摂取ができます。
- 昆布:出汁として使う程度(週に2〜3回)
- わかめ:みそ汁や酢の物などで週に2〜3回程度
- のり:おにぎりやお弁当に週に数回程度
- ひじき:煮物などで週に1〜2回程度
これらの目安は、あくまで一般的な参考値です。個人の体質や健康状態によって適切な量は異なります。
甲状腺疾患をお持ちの方へのアドバイス
甲状腺疾患がある方は、病状に応じて海藻の摂取量を調整する必要があります。
甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)の方
- 治療初期は、海藻類の過剰摂取をさけることが推奨されます
- イソジンうがいのしすぎも注意が必要です
- 病状が安定してきたら、主治医と相談して少しずつ通常の食事に戻していきましょう
甲状腺機能低下症(橋本病など)の方
- 極端な制限は避け、適度な量を摂取するのがポイントです
- 毎日ではなく、週に数回程度の摂取を心がけましょう
- ヨウ素含有量の特に多い昆布製品の毎日の摂取は控えめにしましょう
日常生活での海藻摂取の工夫
海藻をバランスよく取り入れるためのポイントをいくつかご紹介します:
- 多様な海藻を取り入れる:昆布だけでなく、わかめ、のり、ひじきなど様々な種類を楽しみましょう
- 使用量を意識する:特に昆布は少量でも風味が出るので、量を調整しましょう
- 食べる頻度を調整する:毎日ではなく、週に何回かに分けて摂取しましょう
- 調理法を工夫する:出汁として使った昆布は、そのまま食べずに別の料理に活用するなどしてみましょう

よくある質問(Q&A)
Q1: 海藻は毎日食べても大丈夫ですか?
A: 健康な方であれば、適量であれば問題ありません。ただし、昆布など特にヨウ素含有量の多い海藻は、毎日大量に摂取することは避けた方が無難です。わかめの味噌汁を毎日食べる程度であれば、通常は問題ないでしょう。
Q2: 甲状腺の病気があるのに気づかずに海藻をたくさん食べていました。心配すべきですか?
A: 一時的な摂取であれば、通常は深刻な影響はありません。しかし、症状が気になる場合は、専門医に相談することをお勧めします。甲状腺機能検査を受けることで、現在の状態を正確に把握できます。
Q3: 海藻サプリメントは安全ですか?
A: 海藻サプリメントには非常に高濃度のヨウ素が含まれている場合があります。特に甲状腺疾患をお持ちの方は、医師に相談せずに服用しないでください。健康な方も、長期間の大量摂取は避けるべきです。
Q4: 子どもにも海藻を食べさせて大丈夫ですか?
A: 子どもも適量であれば海藻から栄養素を摂取することができます。ただし、乳幼児期は甲状腺の発達に重要な時期なので、極端に多い量は避けるようにしましょう。和食のバランスの中で自然と摂取する程度が理想的です。
Q5: 妊娠中・授乳中の海藻摂取は?
A: 妊娠中・授乳中はヨウ素の必要量が増加しますが、過剰摂取も避けるべきです。バランスのとれた食事の中で、適度に海藻を取り入れることをお勧めします。何か心配なことがあれば、産婦人科医や栄養士に相談してください。

まとめ:バランスの良い食生活が鍵
甲状腺と海藻の関係について詳しく見てきましたが、最も重要なのは「バランス」です。
- 海藻は栄養豊富な食品であり、適量であれば健康維持に役立ちます
- 甲状腺疾患をお持ちの方は、病状に応じて摂取量を調整しましょう
- 極端な過剰摂取も、極端な制限も避けるのがポイントです
- 心配なことがあれば、内分泌内科専門医に相談しましょう
海藻を含む日本の伝統的な食生活は、バランスが取れていれば健康的です。自分の体調に合わせて、適切な量を楽しんでください。何か気になる症状がある場合は、早めに専門医に相談することをお勧めします。
クリニックでは、甲状腺に関するご相談を随時承っております。お気軽にご相談ください。
引用元
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」
- 日本内分泌学会「内分泌代謝科専門医研修ガイドブック」