- 2025年8月11日
糖尿病と運動療法〜毎日続けられる効果的な運動で血糖コントロールを改善しましょう〜

こんにちは。丹野内科・循環器・糖尿病内科の田邉優希です。今回は久しぶりに糖尿病に関するブログです。糖尿病の治療において、薬物療法や食事療法と並んで重要なのが「運動療法」です。適切な運動は血糖値の改善だけでなく、体重管理や心血管疾患リスクの低減など、様々な面で糖尿病患者さんの健康をサポートします。しかし、「どんな運動をすればいいの?」「運動する時間がない」「体力に自信がない」など、運動療法に対して不安や疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。この記事では、糖尿病における運動療法の基礎知識から、効果的な運動の種類、無理なく続けるためのコツまで、わかりやすく解説します。ぜひ最後までお読みいただき、明日からの健康管理にお役立てください。
目次
- 糖尿病における運動療法の基礎知識
- 運動が血糖値に与える効果のメカニズム
- 糖尿病患者さんにおすすめの運動の種類
- 運動療法を始める前に知っておくべきこと
- 効果的な運動療法のための具体的なステップ
- 運動療法のリスクと注意点
- よくある質問(Q&A)
- まとめ

糖尿病における運動療法の基礎知識
運動療法とは
運動療法とは、医学的な根拠に基づいて行う計画的・継続的な身体活動のことを指します。糖尿病治療の三本柱である「薬物療法」「食事療法」「運動療法」の一つとして、重要な役割を担っています。
運動療法の目的と効果
糖尿病の運動療法には、以下のような目的と効果があります。
- 短期的効果:
- 血糖値の即時的な低下
- インスリン感受性の向上
- エネルギー消費による体重管理
- 長期的効果:
- 心肺機能の向上
- 動脈硬化予防
- 筋肉量の維持・増加
- メンタルヘルスの改善
- 合併症リスクの低減
研究によると、定期的な運動は2型糖尿病患者さんのHbA1c値を平均して0.5〜0.7%程度改善させることが示されています。これは一部の経口糖尿病薬と同等の効果と言えます。
適切な運動の量と頻度
一般的に糖尿病患者さんには以下のような運動が推奨されています。
- 有酸素運動:週に150分以上の中等度の強度(早歩き程度)、または週に75分以上の高強度の運動
- レジスタンス運動(筋力トレーニング):週に2〜3回、主要な筋肉群を鍛える運動
- 柔軟性とバランストレーニング:特に高齢の方に推奨されます
ただし、これはあくまで一般的な目安であり、個人の健康状態や体力に合わせて調整することが重要です。

運動が血糖値に与える効果のメカニズム
運動中の血糖値の変化
運動をすると、筋肉はエネルギー源として血液中のブドウ糖(血糖)を取り込んで使用します。
- 運動をする→筋肉のエネルギー需要増加
- 筋肉細胞がブドウ糖を取り込む(インスリンの作用が増強される)
- 血液中のブドウ糖が減少→血糖値が低下
このメカニズムにより、運動中や運動直後には血糖値が下がる傾向があります。これは筋収縮による糖取り込みと呼ばれ、インスリンの有無にかかわらず起こる現象です。
インスリン感受性の向上
定期的な運動は、体の細胞が「インスリンの声を聞く耳」を持つようになる効果があります。これを「インスリン感受性の向上」と呼びます。
わかりやすく例えると、インスリンは細胞の扉の鍵のようなものです。糖尿病になると、この鍵が働きにくくなります(インスリン抵抗性)。運動は鍵穴の調子を整えて、鍵をうまく働きやすくする効果があるのです。
このインスリン感受性の向上効果は、1回の運動で24〜72時間程度持続すると言われています。これが、定期的な運動が重要とされる理由の一つです。
筋肉量と基礎代謝の関係
筋肉は「糖の倉庫」とも言える組織です。特に大きな筋肉(太もも、お尻、背中など)は多くの糖を貯蔵できます。
筋力トレーニングで筋肉量が増えると
- 糖の貯蔵場所が増える
- 安静時のエネルギー消費量(基礎代謝)が上がる
- 24時間を通して血糖値が安定しやすくなる
年齢とともに自然に減少する筋肉量を意識的に維持・増加させることは、高齢の糖尿病患者さんにとって特に重要です。

糖尿病患者さんにおすすめの運動の種類
有酸素運動の種類と効果
有酸素運動とは、酸素を使って長時間続けられる運動のことです。糖尿病患者さんに特におすすめの有酸素運動には以下のようなものがあります。
- ウォーキング:最も手軽で安全。1日30分の早歩きから始めるのがおすすめです。
- 水中運動:関節への負担が少なく、肥満や関節痛のある方に適しています。
- サイクリング:膝への負担が少なく、屋外でも室内でも行えます。
- エアロビクスやダンス:楽しみながら行えるため、継続しやすい傾向があります。
レジスタンス運動(筋力トレーニング)
筋力トレーニングは年齢を問わず重要ですが、特に中高年以降の方には積極的に取り入れてほしい運動です。
- 自重トレーニング:自分の体重を使ったスクワット、腕立て伏せ、腹筋など
- バンドトレーニング:弾性バンドを使った軽い抵抗運動
- ダンベル・重り:軽いダンベルや水の入ったペットボトルを使った運動
- マシントレーニング:ジムなどで専用のマシンを使った運動
初心者の方は、最初は8〜12回程度繰り返せる程度の軽い負荷から始め、徐々に回数や負荷を増やしていくことをお勧めします。
柔軟性・バランス運動
柔軟性とバランスの維持・向上は、特に高齢の糖尿病患者さんにとって転倒予防や日常生活の質の維持に重要です。
- ストレッチング:主要な筋肉群の柔軟性を高める
- ヨガ:柔軟性、バランス、心の安定に効果的
- 太極拳:ゆっくりとした動きでバランス感覚を養う
これらの運動は単独でも効果的ですが、有酸素運動や筋力トレーニングのウォームアップやクールダウンとして組み合わせるのも良い方法です。

運動療法を始める前に知っておくべきこと
運動前の医学的評価の重要性
運動療法を始める前に、医師による評価が重要です。特に以下のような方は注意が必要です。
- 長期間運動をしていない方
- 60歳以上の方
- 心臓病や足の問題など合併症がある方
- 重度の糖尿病網膜症がある方
- 血糖コントロールが不安定な方
運動開始前に主治医とよく相談しましょう。
運動前の準備
安全に運動するための準備としては
- 水分補給:運動前、運動中、運動後に適切な水分補給を行う
- 適切な服装と靴:特に足の保護のために適切なサイズと構造の靴を選ぶ
- 血糖チェック:特にインスリン治療中の方は、運動前の血糖値を確認する
- 低血糖対策:必要に応じて軽い炭水化物(例:バナナ半分、ブドウ糖タブレットなど)を携帯する
運動記録をつける
運動の効果を確認するために、以下のような記録をつけることをお勧めします。
- 運動の種類と時間
- 運動前後の血糖値(可能であれば)
- 運動時の感覚(疲労度、呼吸の状態など)
- 体重や体脂肪率の変化

効果的な運動療法のための具体的なステップ
初心者向けステップアップ法
運動習慣のない方が急に激しい運動を始めると、挫折や怪我のリスクが高まります。以下のようなステップで徐々に運動量を増やすことをお勧めします。
【ウォーキングの場合】
- 1週目:1日10分×週3回の軽いウォーキング
- 2〜3週目:1日15分×週3〜4回
- 1ヶ月目:1日20分×週4〜5回
- 2ヶ月目以降:1日30分×週5回以上
このように少しずつ時間と頻度を増やすことで、体が適応し、無理なく習慣化できます。
日常生活に運動を取り入れる工夫
特別な時間を取れない場合でも、日常生活の中で身体活動量を増やす工夫ができます。
- エレベーターやエスカレーターの代わりに階段を使う
- 少し遠くに駐車し、歩く距離を増やす
- 通勤・買い物で一駅分歩く
- テレビを見ながらステップ運動やストレッチを行う
- 家事(掃除、庭仕事など)を積極的に行う
モチベーション維持のコツ
運動を長続きさせるためのポイントをご紹介します。
- 楽しめる運動を選ぶ:義務感だけでは続きません。自分が楽しいと感じる運動を見つけましょう。
- 目標設定:「1ヶ月後に体重1kg減」など、具体的で達成可能な小さな目標を設定するとよいです。
- 仲間を作る:一緒に運動する友人や家族がいると続けやすくなります。
- 運動の効果を確認する:定期的な血糖測定や体重測定で成果を実感してみましょう。
- 環境を整える:天気に左右されない室内運動の選択肢も用意しておきましょう。

運動療法のリスクと注意点
低血糖のリスクと対策
特にインスリンや一部の経口糖尿病薬(SU薬など)を使用している方は、運動による低血糖に注意が必要です。
低血糖に関する詳細は以前ブログ「糖尿病治療について。低血糖はなぜよくないの?」をご覧ください。
低血糖の症状
- 冷や汗
- 手の震え
- めまい
- 空腹感
- 動悸
- 集中力低下
低血糖の予防と対策
- 運動前に血糖値を測定する(一般的に100mg/dL以下の場合は補食が必要)
- 運動中・後に低血糖症状が出た場合はすぐに炭水化物を摂取する(例:ブドウ糖10〜15g)
- 長時間の運動では30分ごとに補食を考慮する
- 運動の時間帯と薬の服用タイミングを調整する(医師に相談)
合併症がある場合の注意点
糖尿病合併症がある方は、合併症の種類によって運動内容を調整する必要があります。
- 網膜症:重度の場合は、頭を下げる姿勢や激しい運動を避けるなど眼科医と相談
- 神経障害:足の感覚が鈍い場合は、足の傷チェックと適切な靴の使用が重要
- 腎症:高強度の運動は避け、軽〜中程度の運動を医師と相談しながら行う
- 心血管疾患:胸痛や息切れなどの異常を感じたらすぐに運動を中止し医師に相談
運動中止の判断基準
以下のような場合は運動を中止し、必要に応じて医師に相談しましょう。
- 血糖値が250mg/dL以上で尿ケトン体が陽性の場合
- 急な胸痛や息切れがある
- めまいや極度の疲労感がある
- 関節に強い痛みが出る
- 足に水ぶくれや傷ができている

よくある質問(Q&A)
Q1: 運動の最適なタイミングはいつですか?
A: 一般的には食後1〜2時間が良いとされています。食後は血糖値が上昇するため、この時期の運動は食後高血糖を抑える効果が期待できます。ただし、朝型・夜型など個人の生活リズムに合わせることも大切です。継続できるタイミングが最も効果的です。
Q2: 高齢ですが、運動を始めても大丈夫ですか?
A: 年齢に関わらず、適切な運動は健康に良い影響があります。ただし、高齢の方の場合は以下のポイントに注意しましょう。
- 必ず医師に相談してから開始する
- 関節に負担の少ない運動(水中運動、ウォーキング等)から始める
- バランス運動を取り入れて転倒予防を心がける
- 無理をせず、少しずつ強度を上げていく
- 筋力トレーニングを積極的に取り入れる(筋肉量の維持は特に重要)
高齢でも筋力は鍛えられますので、諦めずにチャレンジしてみてください。
Q3: 運動したのに血糖値が下がらない場合はどうすればいいですか?
A: 運動後に血糖値が下がらない、あるいは逆に上昇する場合がありますが、これには以下のような原因が考えられます。
- 運動強度が高すぎた(ストレスホルモンの分泌による血糖上昇)
- 運動前の血糖値が高すぎた
- 肝臓からの糖放出が増えた
- 脱水状態だった
このような場合は
- 運動強度を一時的に落とす
- 水分補給を十分に行う
- 運動前の血糖値をチェックする習慣をつける
- 運動記録をつけて医師に相談する
短期的な血糖変動にとらわれず、長期的な効果を見ることも大切です。HbA1cのような長期指標で評価してみましょう。
Q4: 忙しくて運動する時間がありません。どうすればいいですか?
A: 時間がない方でも工夫次第で身体活動量を増やすことができます。
- すきま時間の活用:10分×3回など、細切れの時間でも効果はあります
- 通勤時間の活用:一駅分歩く、自転車通勤にするなど
- 家事の活用:掃除、洗濯、庭仕事など家事も立派な運動です
- 「ながら運動」:テレビを見ながらストレッチやステッパー運動
- 昼休みの活用:オフィス周辺の散歩など
重要なのは「完璧な運動」ではなく「続けられる運動」です。少しでも体を動かす機会を増やす工夫をしましょう。

まとめ
運動療法は糖尿病治療の重要な柱の一つです。適切な運動は血糖コントロールを改善するだけでなく、心身の健康維持にも大きく貢献します。
ポイントをまとめると
- 個人に合った運動を選ぶ:年齢、体力、合併症の有無に合わせて無理のない運動を
- 継続が大切:無理なく続けられる強度と頻度から始める
- バランスよく組み合わせる:有酸素運動と筋力トレーニングの両方を取り入れる
- 安全第一:低血糖対策や足のケアなど、糖尿病特有の注意点を守る
- 日常生活での工夫:特別な時間がなくても、日常の中で活動量を増やす工夫を
運動療法は即効性のある薬とは異なり、効果を実感するまでに時間がかかることもあります。しかし、継続することで徐々に体が変わり、血糖コントロールも改善していきます。運動療法について不安や疑問があれば、ぜひご相談ください。患者様一人ひとりの状態に合った適切なアドバイスを行います。健康な体づくりのために、今日からできる小さな一歩を踏み出してみませんか?