• 2025年6月5日

糖尿病の薬物療法~温故知新、メトホルミンは何が良いの?~

こんにちは。丹野内科・循環器・糖尿病内科の田邉優希です。今回は糖尿病薬として伝統的で有名な?メトホルミンという薬の話です。糖尿病治療の世界では、古くから使われている薬でありながら、現在も第一選択薬として活躍しています。長い歴史を持ちながらも、現代の治療においてなお、重要な位置を占めるメトホルミンについて、その特徴や効果、使用上の注意点などを詳しくご紹介します。

目次

糖尿病治療の基本的な考え方

糖尿病治療の目標は、血糖値のコントロールを適切に行い、合併症の発症や進行を防ぐことにあります。そのためには、食事療法や運動療法という生活習慣の改善が基本となりますが、それだけでは血糖コントロールが難しい場合に薬物療法が導入されます。

2型糖尿病の病態とは

2型糖尿病は、インスリン分泌低下とインスリン抵抗性の両方が原因となって発症します。インスリンは体内で血糖値を下げるホルモンですが、その働きが不十分になることで高血糖状態が続き、様々な合併症を引き起こすリスクが高まります。

薬物療法の役割

薬物療法は、インスリン分泌を促進するもの、インスリン抵抗性を改善するもの、糖の吸収を遅らせるものなど、様々な作用機序を持つ薬剤があります。その中でも、インスリン抵抗性を改善する作用を持つメトホルミンは、多くのガイドラインで第一選択薬として位置づけられています。

メトホルミンとは~歴史と特徴~

メトホルミンは、ビグアナイド系と呼ばれる薬剤の一種で、その歴史は古く、1950年代から使用されてきました。日本では一時期使用が制限されていた時期もありましたが、2010年に発売された新しい製剤(メトグルコ®)によって再び注目されるようになりました。

メトホルミンの歴史

メトホルミンの起源は、実は中世ヨーロッパにまで遡ります。ガレガ・オフィシナリス(西洋ニンジンボク)という植物に含まれるグアニジンという成分が糖尿病治療に効果があることが知られていました。この成分から合成されたのがメトホルミンであり、1950年代からフランスを中心に臨床使用が始まりました。

日本では1961年に発売されましたが、乳酸アシドーシスという重篤な副作用の懸念から、1977年に一旦使用が中止されました。しかし、その後の研究で安全性が再評価され、2010年に新製剤として再び日本市場に登場しました。

なぜ今もメトホルミンが選ばれるのか

長い歴史を持つメトホルミンが、今なお糖尿病治療の第一選択薬として推奨される理由には、以下のようなものがあります。

  1. 効果が確立している
  2. 低血糖のリスクが少ない
  3. 体重増加を引き起こしにくい
  4. 心血管イベントリスクの低減効果がある
  5. 比較的安価である

特に、UKPDS(英国前向き糖尿病研究)などの大規模臨床試験によって、メトホルミンの長期的な有効性と安全性が証明されていることが大きな理由となっています。

メトホルミンの作用機序~どのように血糖値を下げるのか~

メトホルミンは、主に以下の3つの作用によって血糖値を下げます。

肝臓における糖新生の抑制

メトホルミンの主な作用部位は肝臓です。肝臓では、アミノ酸や乳酸などから糖を作り出す「糖新生」という過程があります。メトホルミンはこの過程を抑制することで、肝臓からの糖放出を減少させ、結果的に血糖値を下げる効果があります。

骨格筋でのインスリン感受性改善

メトホルミンは、骨格筋におけるインスリンの働きを改善します。インスリンの作用が高まると、筋肉での糖の取り込みが促進され、血糖値の低下につながります。

小腸からの糖吸収抑制

メトホルミンには、小腸からのブドウ糖吸収を遅らせる作用もあります。食後の急激な血糖上昇を抑える効果が期待できます。

メトホルミンの効果~血糖値以外にも注目すべき点~

メトホルミンの魅力は、血糖値を下げる効果だけではありません。様々な付加的な効果が研究によって明らかになっています。

体重コントロールへの影響

多くの糖尿病治療薬は体重増加を引き起こす傾向がありますが、メトホルミンでは体重増加が見られにくく、むしろ軽度の体重減少効果が報告されています。このため、肥満を伴う2型糖尿病患者さんには特に適した選択肢と言えます。

心血管リスク低減効果

UKPDS(英国前向き糖尿病研究)では、メトホルミン投与群で心筋梗塞や糖尿病関連死亡のリスクが有意に低下したことが示されています。この効果は、血糖コントロールの改善だけでは説明できない、メトホルミン特有の作用と考えられています。

がんリスクへの影響

近年の研究では、メトホルミンががんの発生リスクを低減する可能性が示唆されています。特に膵臓がん、大腸がん、乳がんなどのリスク低減との関連が報告されていますが、まだ研究段階であり、確定的な結論には至っていません。

メトホルミンの副作用と注意点

どのような薬剤にも副作用はあり、メトホルミンも例外ではありません。主な副作用と注意すべき点について解説します。

消化器症状

メトホルミンの最も一般的な副作用は、下痢、吐き気、腹部膨満感などの消化器症状です。これらの症状は、通常、服用開始時や増量時に発現しやすく、時間とともに軽減することが多いです。症状を軽減するためには、低用量から開始して徐々に増量する、食事とともに服用するなどの工夫が有効です。

乳酸アシドーシス

メトホルミンの最も重篤な副作用として知られるのが乳酸アシドーシスです。これは、体内で乳酸が過剰に蓄積する状態で、重篤な場合は生命を脅かすこともあります。ただし、適切な使用条件を守れば、その発生リスクは非常に低いとされています。

特に注意が必要なのは、腎機能障害のある方、肝機能障害、呼吸機能障害のある方、重度の心不全がある方などです。また、大量の飲酒、脱水状態、造影剤を用いるX線検査前後なども注意が必要です。

ビタミンB12欠乏

長期間のメトホルミン服用では、ビタミンB12の吸収低下によりB12欠乏症が起こることがあります。症状としては、しびれ、貧血などが現れることがあるため、定期的な血液検査でのチェックが推奨されます。

メトホルミンの適切な使用方法

メトホルミンを効果的かつ安全に使用するためのポイントをご紹介します。

服用のタイミングと方法

メトホルミンは食事とともに服用することで、消化器症状を軽減できます。通常、1日2〜3回に分けて服用しますが、徐放錠の場合は1日1〜2回の服用でも効果が持続します。

用量調整の考え方

メトホルミンは、通常500mgから開始し、消化器症状などの副作用がなければ徐々に増量していきます。維持量は一般的に1日750mg〜2000mgですが、個人差があるため、効果と副作用のバランスを見ながら調整します。

他の薬剤との併用

メトホルミンは、他の経口血糖降下薬やインスリンとも併用可能です。特に、インスリン分泌を促進するスルホニル尿素薬(SU薬)との併用は相乗効果が期待できますが、低血糖のリスクに注意が必要です。

最新の糖尿病治療ガイドラインにおけるメトホルミンの位置づけ

各国の糖尿病治療ガイドラインでは、メトホルミンがどのように位置づけられているのでしょうか。

日本糖尿病学会のガイドライン

日本糖尿病学会の「糖尿病治療ガイド」では、2型糖尿病の薬物療法において、メトホルミンはインスリン抵抗性改善薬として第一選択薬の一つとして推奨されています。特に肥満を伴う2型糖尿病では、最初に考慮すべき薬剤として位置づけられています。

米国糖尿病学会(ADA)のガイドライン

米国糖尿病学会と欧州糖尿病学会の合同声明では、特に禁忌がない限り、2型糖尿病の初期治療としてメトホルミンが第一選択薬として強く推奨されています。ただし心血管疾患や腎臓病などの合併症がある場合には、SGLT2阻害薬GLP-1受容体作動薬が第一選択薬のオプションとして推奨されています。

メトホルミンに関するよくある質問

患者さんからよく寄せられる質問とその回答をご紹介します。

Q: メトホルミンを飲み始めてから胃の調子が悪いのですが、どうしたらいいですか?

A: メトホルミンによる消化器症状は比較的よく見られますが、多くの場合、時間とともに改善します。食事と一緒に服用する、少量から開始して徐々に増量するなどの工夫で症状が軽減することがあります。症状が強い場合は医師にご相談ください。用量調整や徐放錠への変更を検討することもあります。

Q: メトホルミンを長期間服用していますが、ビタミンB12のサプリメントは必要ですか?

A: 長期間のメトホルミン服用ではビタミンB12欠乏のリスクがあるため、定期的な血液検査でチェックすることをお勧めします。明らかな欠乏がなければ、バランスの良い食事を心がけるだけで十分ですが、欠乏が認められた場合はサプリメントや注射による補充が必要な場合もあります。

Q: 妊娠中や授乳中でもメトホルミンは服用できますか?

A: 妊娠糖尿病や妊娠中の2型糖尿病では、インスリン療法が第一選択となりますが、一部の症例ではメトホルミンが使用されることもあります。授乳中の安全性については十分なデータがないため、個別に医師と相談することが重要です。

まとめ

メトホルミンは、長い歴史を持ちながらも現代の糖尿病治療において中心的な役割を果たしている薬剤です。血糖コントロールに加え、体重増加を抑制する効果や心血管イベントリスクの低減効果など、多面的な効果が認められています。一方で、消化器症状などの副作用や使用上の注意点もあるため、医師の指導のもとで適切に使用することが大切です。薬物療法だけでなく、食事・運動療法を継続することで、より良い治療効果が期待できます。

糖尿病治療は長期戦です。メトホルミンの特性を理解し、上手に付き合っていくことで、合併症の予防や健康的な生活の維持につなげていただければと思います。当院では、患者さん一人ひとりの状態に合わせた糖尿病治療をご提案しています。糖尿病治療についてご相談がある方は、お気軽に当院までお問い合わせください。

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